
WALLFLOWER CATALOGUE FILE.036 梅干野成央・米山文香 - 松本レトロ建築さんぽ
2022年・冬 松本への旅
2022年の冬、まだ私が横浜に住んでいた頃。思い立って松本に一人旅をしました。
有休+建国記念の日にかけての一泊二日の旅だったのですが、関東甲信地方は2月9日頃から稀にみる大雪に見舞われ、予約していた特急あずさも運休に。「せっかく有休も取ったのに行けないのかぁ」とがっかりしたのですが、幸いにも高速バスは運行していることがわかり、迷わず飛び乗りました。
旅の目的の一つは「マツモト建築芸術祭」。
松本には、観光名所である国宝・松本城や旧開智学校のほかに、町中にはレトロな建築物も多く残されています。その建物を舞台に芸術作品が見られるという建築やアート好きにとってはたまらないイベントが開催されていました。松本といえばクラフトフェアで知られていますが、当時の私はちゃんと訪れたことがなく、その時がほぼ初めて。建築×アートというワードに引き寄せられ、冬の松本を訪ねてみることにしました。
松本駅のお城口を降り、雪がしんしん降りしきる駅前大通りをまっすぐ東へ進むと、右手に見えてきたのが「ロイヤルオーディオ」「2F試聴室」と書かれたビル。ここは建築芸術祭とは関係のない建物ですが、時が止まったような風情のビルに、まず胸が高鳴ったことを思い出します。
※2026年、このビルは現存してはいますがリニューアルされ別のテナントに変わっています
ふいに道を曲がってみたくなり、しばらく歩いて中町通りに突き当たると、冬の白い空の下、土蔵造りの白と黒が織りなすコントラストに目を奪われます。400年つづく城下町の歴史が感じられる蔵の街並み、これからめぐる近代建築の数々。いい旅になる予感しかありませんでした。
宿をとった「松本ホテル花月」は、松本の民藝精神が息づく老舗ホテルで、松本民芸家具が配置された落ち着いた客室には、柚木沙弥郎さんの作品も飾られています。大雪でのキャンセルも多かったためか部屋もアップグレードしていただいて、私は松本の夜を一人贅沢に楽しみました。
翌日は朝から晴れ。花月の窓からは北アルプス・常念岳がピンク色に染まる<モルゲンロート>も眺めることができました。
ホテルをチェックアウトして「かき船」と書かれた屋形船のような建物を横目に、旧開智学校の方に歩いてゆくと、雪化粧した松本城の天守閣が眩しく輝いていました。
旧開智学校のすぐ横には、かつて松本カトリック教会の宣教師たちの住居として使用されていた旧司祭館があります。そこでは映像作品が上映されており、こぢんまりとした建物にかつて流れていた時間と、映像の中の時間が交錯するひとときを味わいました。窓枠に使われているグリーンのペンキが横浜のブラフ18番館の内装にも似ていて、西洋風建築の独特の色合いでもあるのかなと考えてみたり。
荷物を駅に一旦預けてから、雪の溶けはじめた中町を抜け「amijok」さんの大きなマフィンで腹ごしらえ。午後はまず登録有形文化財である「レストランヒカリヤ」を会場とする石川直樹さんの展示、そして同じく歴史的建造物である「かわかみ建築設計室(旧松岡医院)」をまわりました。普段は入ることのできない建築設計室の建物も、芸術祭の期間中は見学が可能に。実際は木造であっても前面の外観を石造や洋風に見せかけたものを「看板建築」と呼ぶそうなのですが、その独特の造りも、かつて医院だった名残の「受付」などを生かして使う空間も面白く、興味は尽きません。
そして上土劇場(旧ピカデリーホール)、上土シネマ、NTT東日本松本大名町ビルなどの展示をめぐり、「栞日」さんでゆっくりと珈琲をいただいてから松本の旅を終えました。
この時はまさか、その2年後に住むことになるなんて想像してもいませんでした。
でも、街に数多く残るレトロな建築と、それらを通して感じられた街の魅力が、松本への移住を決断する後押しになったと言えなくもないかもしれません。
古い建物が壊されずにきちんと活用されている街並みは、それを大切にし、愛している人の存在を感じさせます。維持や管理に手間も費用もかかる建物を残す街は、その建物が見つめてきた歴史や人々への敬意も垣間見え、なんだか良い街に思えるのです。その印象は移住して2年経った今も変わりません。
そんな松本の建築への愛を感じさせる本が、5月に刊行されました。『松本レトロ建築さんぽ』は、松本市とその近隣に現存するレトロ建築を、歴史や携わった人々の記録を交えながら紹介するガイドブックです。
「建築はまちの記憶そのもの」と書く執筆者のお一人は、松本市の職員などを経て一級建築士として事務所も構えつつ、長くまち歩きガイドなどもされている米山文香さん。松本で目にすることができるレトロ建築について、ほぼ網羅する勢いで紹介してくださっています。(同じお名前であることにも勝手に親近感を持っています)
今年は「東アジア文化都市2026松本」のメインプログラムとして「マツモト建築芸術祭2026」が行われます(会期:11月3日~12月13日)。初回の趣旨とは少し異なるようですが、建築とアートを松本の街ごと楽しめる一大イベントと東アジアの都市とのコラボレーション、私もとても楽しみです。
訪れる前に予習するもよし、訪れてから気になった建物を掘り下げるもよし。住んでから、普段目にする建物の魅力を再発見するのもよし。
建築と松本への愛に溢れた一冊は、松本を訪れる際のおともに是非おすすめしたいです。
*余談*
同じくエクスナレッジから刊行されている『横浜の名建築をめぐる旅』も持っているのですが、執筆者のお一人である作家の恩田陸さんの建築好きのルーツは、幼少期を過ごされた松本にあるとのこと。横浜と松本は、建築好きにとって魅力あふれる街であることは間違いありません。
横浜に関していうと、私の住んでいた16年ほどの間にも好きなレトロビルがどんどん取り壊されて寂しい思いをしたものですが(中には、反対運動があり、自分も含めて多数の市民の署名が集まったものもありました)松本の街の特徴ある建築が残されてゆくかどうかは、住んでいる一人ひとりの意識や価値観によって変わるものなのだと思います。
過去のものが全て素晴らしいというわけではないけれど、壊してしまったら二度と戻らない時間、歴史の生き証人である建物。それが残されているということの豊かさを大切にしたいと思っています。
Artwork: 若井夏澄(ブックデザイン)
Format: book, soft cover
product no.(or ISBN) : 9784767835624
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文・写真 / 荒澤文香 fumika arasawa デザイナー
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WALLFLOWER CATALOGUE(ウォールフラワー・カタログ)
デザイン心ゆさぶるアートワークの数々をデザイナーの荒澤文香さんが毎回1 点ずつご紹介。
毎月1回(その月最初の二十四節気の初日)更新中です。
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