
WALLFLOWER CATALOGUE FILE.034: ごきぶりねえさん どこ行くの?(Khaleh Suskeh Koja Miri?)
ごきぶりねえさんと旅をする
タイトルを見てギョッとする方もいらっしゃるでしょう。
「ごきぶり??」と慄きつつ眺めてみると、表紙にいる赤いドレスの主人公と思しき生物はなんとも繊細で魅惑的。この絵のタッチが好きな方ならば、ぜひ恐れずに、ページをめくっていただきたい絵本です。
主人公である「ごきぶりねえさん」は旅に出て、行く先々で危険な目に遭いながらも辿り着いた先で幸せを掴みます。イランで古くから愛されてきた民話を現代詩人・児童文学者である故・ミーム・アーザード氏が再話し、愛甲恵子さんがやさしい日本語に翻訳。わらべうたのようなリズミカルな言葉は、原語のペルシア語でもきっとそうなのでしょう。
言うまでもありませんが、イランは2026年の世界情勢の話題の中心にある国。イランと欧米諸国、そして中東諸国には、核をめぐる長年の駆け引きや不信感が横たわっているとしても、為政者はなぜすぐに「戦争」を始めてしまうのでしょう。巻き込まれて命を脅かされるのはいつも無辜の市民であることにやるせない気持ちになります。それに、国内も国外も陰謀論かフィクションかのようなニュースばかりで、頭の悪い私には理解するのが難しく、誰かとその話をしようにも主語が大きくなるばかり…
そんな時こそ、ただ素朴に、自分が自分であることや、自分はどう生きるのか?という小さなことに立ち返らなければならない気がします。
ごきぶりねえさんは「じぶんで ちゃんと やっていく」ために旅に出ます。話の流れにアンデルセンの『おやゆびひめ』を思い出したりもしたのですが、おやゆびひめと決定的に違うのは、ごきぶりねえさんは自分の意思で旅をスタートし、自分の足で目的地に向かい、幸せを掴むところ。そして、「王子様と結婚してめでたしめでたし」というわけではなく、働くことにとても誇りを持ちながら生きてゆきます。
他愛ないサクセスストーリーのようではありますが、あまり馴染みのないイランの民話ということもあり、いくつかの疑問も生まれます。
一人で歩いてゆく先々で「ごきぶりねえさん」「ごきぶり やーい!」なんて囃し立てる生き物は、男尊女卑的な思考のあらわれなのか。その生き物たちも、てんとうむし、くも、しじゅうから、カラスやネズミであったり。主人公も含めて、人間にとっては好ましいばかりでない生き物が登場するのも興味深いです。
また、失礼な物言いに毅然と怒ることのできるねえさんは、怒りを表明し慣れていない日本人の私からすると羨ましい格好よさに思えるのですが、イランの女性は一般的に誇り高い傾向もあるのでしょうか。
そして、この絵本のような素晴らしい表現が生まれる土壌にも興味は尽きません。
絵を手がけたのは、画家のモルテザー・ザーヘディさん(当時22歳)。子どもの描いた絵のように辿々しくも自由な線はどこかユーモラスで、重ねられた色やかたちは繊細。「たまねぎの皮からつくられたばら色のワンピースは、さぞかし美しく輝いているのだろうなぁ…」とうっとり想像してしまいます。上手いとか下手だとか、そういうジャッジを越えたチャーミングな表現です。
些細な興味が、少し離れた外国のことを理解したり、敵意ではなく親しみや理解につながるのなら、絵本という小さな扉はいつか世界平和への大きな入口になるのかもしれません。わからないことはわからないままでもよいから、お互いの存在を否定することなく、違いを面白がったり、一緒にいたり、仲良くできたらよいなぁと子どものように思います。
日本では2006年にブルース・インターアクションズから刊行され、長らく絶版になっていた絵本を、このたび長野県辰野町を拠点とする書店/出版社である「山山舎」さんが復刊。印刷は、松本の藤原印刷さん、そしてエレガントな装丁は脇田あすかさんと關根彩さんによるものです。
本という形態をこよなく愛する方たちに祝福され、「ごきぶりねえさん」はこれからも幸せな旅を続けるのでしょう。
おどおどしがちな自分を嫌いになりそうなとき、自信をもつということを忘れそうなとき。
大切なことを思い出させてくれそうな絵本です。

ごきぶりねえさん どこいくの?
Artwork: モルテザー・ザーヘディ(絵)、脇田あすか / 關根彩 (装丁)
Format: hard cover
product no.(ISBN) : 9784991460500
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文・写真 / 荒澤文香 fumika arasawa デザイナー
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WALLFLOWER CATALOGUE(ウォールフラワー・カタログ)
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