
WALLFLOWER CATALOGUE FILE.032 : 柳本 史 外間 隆史『マズルカ440』
ドーナツの空洞には何があるのか
ページをめくるたび、言葉を呑み込むたび、胸が一杯になってしまって読み進めることのできない本に出会うことがあります。
私にとってこの本がまさにそうでした。
物語がはじまるとすぐに、通奏低音のように響く喪失感に気がつきます。
ページの端にぽかんと空いた空洞の気配。私もその、穴のようなものを知っています。
長年一緒に暮らした愛猫を看取ったあと、私の体には猫の形をした穴が空いていました(同じようなご経験をされた方もいらっしゃると思います)。
穴というのは、かたちは違っても本質的には同じものなのでしょう。存在していることを忘れるくらい体に馴染んでいた空洞に懐かしい匂いのする風が吹きぬけると、そこが穴であったことを思い出します。泣かせるような描写ではないはずなのにこみあげてきてしまい、喫茶店など人のいる場所では読むことができませんでした。
猫が旅立ったとき、自分のなかにできた「不在」という穴に慣れなくて、ひどく抗っていたように思います。穴なんてないふりをしてみたり、痛みに耐えかねて何かで一杯に埋めようとしてみたり。でも、その穴にぴたりとはまるピースが他にあるはずもないのです。
そのうちに「穴は塞がない。穴は穴のままで一緒に生きてゆく」と諦めたなら、穴には何も存在しないわけではない、ということに気づくのでした。
この本に登場するのは、ドーナツの丸い空洞です。女の子と黒猫のいた穴の記憶はショパンの旋律に導かれ、個性的な登場人物(動物)の独白とともに、夢と現の境目を不規則な三拍子を踏みながら綴られます。
読み物だけれど、映画のように音や映像が目の前に立ちあがる。あるいは、入れ替わり立ち替わり登場人物の独白がはさみこまれるのは小劇団のお芝居にも似て。
そんな仕掛けを、文章だけではなくデザインからも感じられます。
『雨犬』、そして今作の前日譚である『銀座』につづく、外間隆史さんの文章と柳本 史さんの版画によるコラボレーションは、儚げで美しい中にどこかポップな雰囲気も。
PLAYLISTをサウンドトラックにして、レコードをひっくり返すように、お気に入りの楽章を聴きなおすように、小さな物語の装置を繰りかえし再生したくなるのです。
松本の『本・中川』さんでは、本から飛び出した柳本史さんの版画展『MAZURKA440』TOUR 2026 VOL.8 が開催中です(5月31日まで)
私も、小石やマズーに会いに行かなくては。
柳本 史 外間 隆史 Fumi Yanagimoto / Takafumi Sotoma - マズルカ440 MAZURKA440
Artwork: 柳本 史(版画)、未明編集室(装幀)
Format: book, soft cover
product no. : –
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FUMI YANAGIMOTO EXHIBITION
柳本 史 版画展 『MAZURKA440』TOUR 2026 VOL.8
日程:5月1日(金)- 31日(日)
会場:本・中川(長野県松本市)
https://www.instagram.com/p/DXofuYFEoAc/?img_index=1
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文・写真 / 荒澤文香 fumika arasawa デザイナー
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WALLFLOWER CATALOGUE(ウォールフラワー・カタログ)
デザイン心ゆさぶるアートワークの数々をデザイナーの荒澤文香さんが毎回1 点ずつご紹介。
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