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カートが空です

[WALLFLOWER CATALOGUE] FILE 027. 梨木香歩/鹿児島陸 - 蛇の棲む水たまり
WALLFLOWER CATALOGUE

[WALLFLOWER CATALOGUE] FILE 027. 梨木香歩/鹿児島陸 - 蛇の棲む水たまり

蛇の年の夜の底で

年賀状は、作っていますか?
近年「年賀状じまい」という言葉も一般的になりましたが、私はそれよりも前に、お世話になった方や連絡を怠りがちな友人への生存報告として書きたいなと思いながらも、忙しさにかまけて単なる筆無精としてフェイドアウトしてしまいました。でも、真面目に作っていた頃には、やはり干支をデザインに取り入れたりしたものです。
さて、今年の干支は何だったかというと、巳年、へび年です。
へび年には大きな政変が起きたり、時代の転換点となる出来事が起こりやすいのだそうです。少しどきっとしてしまいますね。
そんな、心ざわつく年の終わりにご紹介するのは、混沌とした世界から切り離された森のはずれに連れていってくれるような、静かで神秘的な一冊です。
私はインドア人間なのも手伝って、故郷の新潟でも、東京や横浜に住んでいたときも蛇を見る機会はなく、蛇は本や映画にしか存在しない架空の生き物のように思っていました。ところが、松本に引越してきて最初に住んだあたりは自然豊かな環境だったためか、たまに目にすることがありました。
田んぼの脇を流れる用水路を、するすると泳ぐように進む蛇。毎日通りすがる神社の傍で、ぺちゃんこの死骸となった蛇。蛇というのは、ミミズよりは数が少ないとしても、思ったより身近な生き物のようです。
そして、あたりまえなのですが、生きているだけではなく、死んでいる。
蛇に初めて出会ったとき、驚きはしましたが決して怖い印象はありませんでした。謎めいた存在感はどこか神聖で、生と死の間でメッセージをくれる神様の使いのように感じられました。
『蛇の棲む水たまり』は、鹿児島睦さんが展覧会のために制作した200点ほどの美しいうつわから、梨木香歩さんが言葉を紡いで作られた絵本です。群れを離れた馬が、森をいくつか抜けたあとに見つけた水たまり。なかから聞こえてきた蛇の声に導かれるように、馬は物語を進んでゆきます。
鹿児島さんはもともと、うつわの絵柄に何のストーリーもメッセージも込めておらず、というよりそれを排除するよう努力していたとのことなのですが、生き物や植物の生命力の断片のようなうつわ一点一点から、このような物語を掬いあげた梨木さんの巫女のような、魔術師のような仕事にまず感嘆します。
そして、水たまりを覗きこむような表紙と、深い森の色を湛えたブックデザインはサイトヲヒデユキさん。
それぞれにファンを多く抱えるアーティスト、作家、デザイナーが集う一冊は、関わった方々それぞれのリスペクトから生み出されたアートだと思います。
私は何者なのか。何者に、なれるのかーー 若い頃は誰もが、夢みたり夢やぶれたりしていた時期があったのではないかと思います。
そんな時代を愛おしく思えるくらいには歳を重ねた今。
一年の終わりの夜の底、蛇の棲む水たまりで、あなたは何に出会うでしょう。心を澄ませて覗いてみませんか?

蛇の棲む水たまり

梨木香歩/鹿児島陸 - 蛇の棲む水たまり

Artwork:   鹿児島睦、サイトヲヒデユキ(ブックデザイン)
Format:   book, hard cover
product no. :     97849083566506

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文・写真 / 荒澤文香 fumika arasawa

デザイナー

フリーランス ⇄ 会社勤務、ときどき友人たちのお手伝いもしています。
2024年 松本に移住。

Instagram: @fumika

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WALLFLOWER CATALOGUE(ウォールフラワー・カタログ)

デザイン心ゆさぶるアートワークの数々をデザイナーの荒澤文香さんが毎回1 点ずつご紹介。
毎月1回。2度目の二十四節気のタイミング(20日前後)で更新予定です。

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