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[WALLFLOWER CATALOGUE] FILE 021. | 市村柚芽『花』
WALLFLOWER CATALOGUE

[WALLFLOWER CATALOGUE] FILE 021. | 市村柚芽『花』

砂糖がけした花と夢

なんでもない日に花を買って帰るのは、20代の頃にできた習慣です。一輪だけのこともあれば、好きな花を何本か束ねて。自分の働いたお金で自分のために季節の色や香りを買って帰ることは、一人前の大人になった気のするものでした。

好きな花は何?と訊かれれば、たくさんありすぎて答えに困ってしまうのですが、どうしても一つだけ選ばなければならないとしたら、私の好きな花はクチナシです。雨の季節、湿った風のなかに白い香りを見つけては、他所様のお庭や生垣に咲く香りの主に鼻を近づけて嗅いでまわることを楽しみにしています。

クチナシをはじめて花屋さんで見つけた日のことは忘れられません。鉢植えはよくみかけますが切花で置いてあるのが珍しくて、一輪を宝物のように連れ帰りました。その夜、部屋に充ちた香りは、清らかで切なくて濃厚で狂おしく、うっとりするような幸福感で… まるで”恋”のようだと感じました。そして、こんなところに美しいものを幽閉して独り占めすることに、なんとも言えない背徳感も感じたのでした。

一日たつと白い花はクリーム色になり、青みを帯びた香りはまろやかに。三日目には花弁に茶色いしみが広がります。

花は、どこまでを「生きて」いるというんだろう?
乾いた香りを微かに放つ、茶色く朽ちてゆく花も、いつまでも見ていられるけれど。命ある存在の「時間」と「永遠」について、花を手にするたびに解けない「問」を渡されるようです。

そんな、花たちとの夜を思い出させてくれるのが、市村柚芽さんの『花』という作品集。

市村さんの真摯な眼差しは花の輪郭や陰影をみつめ、絵筆は形をなぞっているのだけれど、描きとめられたのは花の姿を借りた心象や空想だったりもするようです。「絵は 鏡のようだ」という市村さんの独り言のような絵のなか、テーブルの鏡面やガラス越しの水面に咲くのは寄る辺ない蒼い夜にみた夢。
私的な表現のはずが、眺めるだけの者にも鏡の役割を果たしてしまうのが市村さんの絵や言葉の、そして花の不思議なところかもしれません。

お菓子箱をあけるときめきに似た、青いスリーブに仕舞われたベビーピンクの表紙はポップな罠。ソフィア・コッポラの映画みたいに、砂糖菓子にくるまれたビターな本質があとをひく一冊です。


市村柚芽 - 花

Artwork:  市村柚芽(絵)、浦川彰太(デザイン)
Format:   book / hard cover , sleeve case
Product no :   9784910735023

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文・写真 / 荒澤文香 fumika arasawa

デザイナー

フリーランス ⇄ 会社勤務、ときどき友人たちのお手伝いもしています。
2024年 松本に移住。

Instagram: @fumika

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WALLFLOWER CATALOGUE(ウォールフラワー・カタログ)

日々の壁際に花咲くデザイン心ゆさぶるアートワークの数々をデザイナーの荒澤文香さんが毎回1 点ずつご紹介。
毎月1回。2度目の二十四節気のタイミング(20日前後)で更新予定です。

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