![[WALLFLOWER CATALOGUE] FILE 010. 『雨犬』/ 『UTOUTO 柳本 史小版画集』](http://rovakk.com/cdn/shop/articles/10_3.jpg?v=1721628132&width=2000)
[WALLFLOWER CATALOGUE] FILE 010. 『雨犬』/ 『UTOUTO 柳本 史小版画集』
うとうと思い出す、大切な記憶の手触り
長年住んだ横浜から、松本に引越しをしました。
しばらくたった雨の日に、気になっていた本屋さんで柳本 史さんの展示をやっていることを知り、お散歩がてら訪ねることに。
古い民家を改築した「本・中川」さんの奥にある展示スペースには、アンティークフレームに額装された柳本さんの版画が静かに並んでいて、外の雨音と床の軋み、ときおり聞こえる猫の声(お店にはちょうど保護猫ちゃんがいました)が、作品世界からはみ出した感触のように思えました。
展示作品も収めた版画集『UTOUTO』は、そのものが芸術品のような佇まいの美しい本。
見開きの左右に配置されたタイトルと版画のあいだの余白を行き来すると、絵に切り取られた一瞬よりも多くの時間がそこに在ることを感じられます。
つやつや。ざらざら。ふんわり。ひんやり。あたたか。
風、雨、光。いつかの。あのときの。
私。あの子。
紙の色に、質感に。文字と文字の置きかたに。見返しや花布のどきっとする茜色に、見つける記憶の手触り。
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もうひとつの本『雨犬 A RAIN DOG』は版画集よりも先に刊行されたものですが、まるで『UTOUTO』に存在する余白を一編の物語に紡ぎなおしたような作品です。
犬をそっと抱える青年が印象的な表紙をめくると、淡々と綴られる詩的で純粋、哲学的な老犬のモノローグ。自分もどこかに記憶していたにおいや手触りを見つけては、反芻するように心で感触をたしかめます。
雨に思い入れのある人、そして、犬や猫や鳥など大切なパートナーがいる(いた)方には、どちらも特別な一冊になりそうです。
私にも、ココという 19年ほど一緒に暮らした猫がいました。彼女はだいたい私の膝のうえに居て、冬は赤いひざ掛けのぬくもりを二人で分けあいました。
彼女の不在により存在しつづける記憶の手触りを、これからも抱きしめてゆくのだと思います。
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文・写真 / 荒澤文香 fumika arasawa
デザイナー
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